村瀬 治兵衛

村瀬治兵衛は愛知県名古屋市生まれの木地師、漆師である。 初代から現在の三代まで続いており、木地師として木材選び、素地づくりから塗師の仕事である漆塗までを全工程を一貫して漆芸作品を制作している。 村瀬治兵衛といえば特に根来 …

藤原 啓

藤原 啓は、1899年岡山県備前市生まれの陶芸家です。息子の藤原雄(長男)、藤原敬介(次男)も陶芸家で藤原雄は人間国宝に認定されています。 幼い頃は文才に富み、東京の出版社博文館が手がける文学世界に応募し、その短編が一等 …

坂倉 新兵衛

坂倉 新兵衛は代々続く、萩焼の一家です。 初代は、文禄・慶長の役(1592~1598)の際、日本に招致された朝鮮王朝の陶工・李勺光になります。 当代は15代になり、萩焼の名門・深川窯を受け継ぎ、伝統を守り続けています。 …

坂 高麗左衛門

山口県萩市に今から300年以上前の寛永の時代より代々受け継がれている、「萩焼の祖」と言われる一家です。 2004年に12代坂高麗左衛門が突然の事故死により、以降2011年までの7年の間、坂高麗左衛門は空位になります。 2 …

金谷 五郎三郎

金谷五郎三郎は京都で代々続く、金工作家です。 当代は16代になります。先代の15代も健在ですが、2015年に長男・茂是(しげゆき)に譲ります。 金谷家で守り伝えられてきた着色法「五郎三色」(非銅色・黄銅色)の技法は代々受 …

朝倉 文夫

 朝倉文夫は、1883年大分県生まれの彫刻家です。大分県大野郡上井田村の村長であった渡辺要蔵の三男として生まれました。11人兄弟の5番目の子として生まれ10歳の時に朝倉種彦の養子となります。その後、1902年に彫刻家とし …

片岡 球子

 片岡球子は、1905年北海道札幌市生まれの日本画家で、昭和から平成にかけて活躍しました。  女子美術専門学校を卒業後は、小学校の教諭を務めました。両親から画家志望を反対され勘当されながらも画業を続けました。帝展では3度 …

安田 靫彦

安田靫彦は、1884年東京府出身の大正から昭和にかけて活躍した日本画家です。同じく日本画家として活躍していた前田青邨と並び歴史画の大家であり、法隆寺金堂壁画の模写を行った際には青邨と共同で携わりました。江戸時代後期に活躍 …

小倉 遊亀

 小倉遊亀は、1895年生まれ滋賀県大津市出身の日本画家です。奈良女子高等師範学校を卒業後、女子高で国文学を教えていました。1920年からは日本画家の「安田靫彦」に師事し絵画を学びます。1926年の院展にて入選後、193 …

酒呑

金重 晃介

金重晃介氏は国の重要無形文化財の金重陶陽氏の三男として1943年に岡山県備前市で生まれました。1970年に東京藝術大学大学院彫刻科を修了し、その後、関東にて一時期、前衛グループ展等に参加するなど自由な作陶を展開しました。 …

花瓶

市野 雅彦

市野雅彦氏は師を二人持っています。1人は市野雅彦氏の父で丹波焼きの名工の市野信水氏です。もう一人は広島は竹原の名工、今井政之氏です。二人の師に作陶を学び現在の大雅窯を築き上げました。市野雅彦氏は「伝承を継承しながらも、自 …

花生

古川 隆久

古川隆久氏は益子焼き陶芸家の一人です。 1940年に東京に生まれ1964年の古川隆久氏が24歳の時に東京芸術大学美術学部工芸科を卒業します。その後、岐阜県陶磁器試験所に勤務をされました。 1966年、古川隆久氏、26歳の …

加藤 忠三朗

名古屋で代々尾張藩釜師を務めた加藤家。 当代は13代になりますが、襲名して代を譲った父・12代も健在で、制作を行っています。 12代は釜師としては、父・11代に師事しますが、金工では「茶の湯の釜」の人間国宝・角谷一圭の指 …

岡部 嶺男

岡部嶺男・旧姓:加藤 加藤唐九郎の長男として、瀬戸焼の産地愛知県瀬戸市に産まれます。 窯道具製造業を営み、特に土に詳しい祖父・桑次郎から作陶について基礎から多くを学びます。少年時代から自然と作陶の道を志し、陶器の制作をし …

富本 憲吉

本名同じ。 奈良県に生まれる。建築装飾家を目指して東京美術学校図案科に入学、在学中にはロンドンへ留学しました。 海外留学経験もあり、語学は堪能で、東京に滞留していた「バーナード・リーチ」と親交を結び、リーチの通訳として6 …

ゲルト・クナッパー

 ゲルト・クナッパーは、1943年生まれ ドイツ出身の陶芸家・造形作家です。  彫刻家のアシスタントとしてニューヨークで勤務した後アラスカへと移り、ネイティブインディアンの伝統工芸工房に努めます。その後加藤唐九郎に会いに …

中村 翠嵐

 中村翠嵐は、京都府出身の陶芸家です。中国南部発祥の「交趾焼」の一人者として有名です。  初代翠嵐の息子として生まれた2代中村翠嵐(本名:正機)は、陶磁器上絵付業を営んでいた家業を継ぐ為、父に師事し作陶を学んでいきました …

角谷 一圭

茶の湯の釜コレクターとして知られた細見古香庵を親交を深め、芦屋・天命の名釜に触れることで、釜の補修にも携わることになります。そこから、茶の湯の釜の研究を深めていきます。 後に和銑(わずく)による釜の鋳造に取り組みます。先 …

皿

永楽 善五郎

永楽家は、奈良土風呂師の西村善五郎の家系で、10代善五郎から、陶芸に転じます。11代保全が紀州徳川家から「永楽」印を受け賜り、12代で改姓します。 千家十職の土風呂・焼物師として、17代を数えます。当代となる17代は16 …

板谷 波山

本名・板谷嘉七 茨城県に産まれます。東京美術学校彫刻科を卒業後、石川県立工業学校彫刻科の教師となりますが、彫刻科が廃止となり陶磁科を担当することになります。そこから窯業の研究を始めます。 教師を退職した後、陶芸家を志して …

伊勢崎 満

備前焼の細工に優れた伊勢崎陽山の長男。父に師事します。 備前の伝統を受け継ぎ、備前の陶土ならばこそ為し得る作品の制作に注力しました。 また、息子である伊勢崎家四兄弟、長男・卓、次男・紳、三男・創、四男・競も父に師事し、備 …

赤沢 露石

本名・赤沢正中 京都で代々続くコーチ焼の家に産まれます。祖父である2代目に師事。日本伝統工芸展をはじめ各展で入選を重ねます。また、個展も京都大丸をはじめ、近畿圏で多数開催。 作品の多くは、茶碗・水指・皆具などの茶陶を専ら …

青木 木米

京焼の陶芸家。 中国磁器の模倣に優れていて、幕末の三名工に数えられています。 現在より200年前の人物の為、詳しい情報は残っていません。 木米亡き後、贋物が多く出回り、真贋は困難を極めます。 真作が発見された時は歴史的発 …

大樋 長左衛門

大樋家は、楽一入に学んだ初代が江戸時代初期に金沢で開窯して以来続く、金沢の陶家です。 初代は寛永8(1631年)~当代11代まで、現在も続いています。 初代から続く大樋焼の伝統を受け継ぎつつ、歴代の襲名した長左衛門がその …

辻 清明

 辻 清明は、1927年東京生まれの陶芸家。陶芸家の辻輝子は姉にあたり妻、子、甥すべて陶芸家の道を進んでいます。  骨董好きだった父の影響で、幼い頃から骨董品に触れる生活を送っていました。学校へ行く事をおろそかにしてまで …

荒川 豊蔵

荒川 豊蔵・本名同じ 岐阜県多治見市に生まれます。陶芸の道へ入ったのは、京都の宮永東山窯で工場長を務めたことから始まります。そこで、北大路魯山人と出会います。その際に、神奈川県鎌倉市にある星岡(せいごう)窯へ招かれ、古陶 …

坪島 土平

本名・坪島一男 三重県のひろ廣永(ひろなが)窯で作陶をしていた陶芸家です。 生まれは大阪ですが、戦時中に三重県に疎開した関係から、川北半泥子に師事。陶芸の道に入ります。 半泥子の愛弟子としてその作陶精神を基礎にしながら、 …

小林 和作

小林和作は明治から昭和にかけて生きた日本の洋画家の一人です。 裕福な地主の家の7人兄弟の長男に生まれた小林和作は小学校を卒業すると画家になる事を目指し廃嫡を父に申し出ました。なかなか許しは出ませんでしたが遂に父もおれて共 …

浅井 忠

浅井忠は明治期を代表する洋画家の一人です。 佐倉藩の藩士・浅井常明の長男として生まれました。 佐倉藩の藩校「成徳書院」で四書五経などの儒教や武芸を学ぶ傍ら、13歳の頃から佐倉藩の南画家の黒沼槐山に花鳥画を学び「槐庭」の号 …

バーナード・リーチ

バーナード・リーチ氏はイギリス人の両親の間に香港で産声をあげました。 リーチ氏出産の際に母が死去してしまった為に日本の関西に住んでいた母方の祖父の家に引き取られました。リーチ氏の祖父は京都や滋賀で英語教師をしていました。 …

辻村 史郎

辻村史郎 本名同じ 奈良県生まれ。22歳より作陶を始めます。奈良市内で初の個展を開催し、その後京都たち吉にて合計5回の個展を開催します。 東名阪のギャラリーを中心に国内で多数の個展を開催しますが、海外からの人気も高く、ロ …

5代 早川尚古斎

早川尚古斎は、文化12(1815)年から、現在まで200年以上の歴史を持つ竹工芸作家です。 初代は福井県に生まれますが、竹工芸学ぶため京都へ出ます。それから大阪へ移ります。そこから4代までは大阪でしたが、空襲に遭い京都市 …

四代三浦 竹泉

三浦竹泉は、1800年代から続く京焼の窯元で、当代で五代となります。初代竹泉は、十代の頃に同じ京焼の窯元である高橋道八に弟子入りをしました。1883年には独立し五条坂に窯を築きます。窯を築いたあとも精力的に活動を続け、海 …

福井 江太郎

 福井江太郎は東京都生まれの日本画家です。父、祖父、曾祖父が画家であった為、幼い頃より芸術作品に触れる環境にありました。1994年に多摩美術大学大学院美術研究科修了後は、個展にて作品を発表し国内外で活躍の場を広げていきま …

新海竹太郎

新海竹太郎氏は山形県産まれの彫刻家です。 仏師の家の長男に生まれ幼少期に日本画を学びますが、軍人を志し上京。その後近衛騎兵大隊に入営しその時に手遊びで作った馬の彫刻が隊内で評判になった事をきっかけに上官の後押しにも押され …

デッサン

東郷 青児

本名 東郷鉄春 美人画を専らとし、雑誌や甲板などに多数採用されました。また、二科会へ派手なパフォーマンスで宣伝することで「二科会のドン」と呼ばれていました。 名古屋市中区に2018年まで営業したデパート「丸栄」のエレベー …

壺

藤原 雄

「備前焼」人間国宝に認定された、藤原啓の長男として、岡山県備前市に生まれます。 備前焼の家元に生まれながらも、幼いころから作陶をしていたという訳ではなく、大学卒業後は都内の出版社へ勤務します。帰郷した後に、小山富士夫氏の …

薮内 佐斗司

籔内 佐斗司(やぶうち さとし)本名同じ 日本の彫刻家、東京藝術大学大学院教授。 大阪府大阪市にて生まれます。東京芸術大学美術学部彫刻科を卒業します。 1982~1987年まで東京芸術大学大学院美術研究科保存修復技術研究 …

塚本 快示

土岐の美濃焼き快山窯に生まれます。父に学び作陶を行い、21歳の若さで11代目として窯元を継ぎます。 小山富士夫に師事し、論文「影青雑記」を読んで、青白磁の研究を始めます。 影青官窯、磁州窯などの古陶片を入手・研究を重ね、 …

飯塚小玕斎

日本の竹工芸の礎を築いた飯塚鳳斎の家系です。斎飯塚琅玕の次男、初代・飯塚鳳斎の孫になります。 小玕斎は亡き兄の号であり、昭和25年に受け継ぎました。 日展・日本伝統工芸展を主な舞台に、気鋭の竹工芸家として活躍、数々の賞を …

鈴木治

鈴木治氏は戦後の日本陶芸会をリードした日本を代表する陶芸家の一人です。 永楽善吾郎工房のろくろ職人の父の元に生まれた為、幼少の頃より陶芸が身近にあり陶芸に触れて親しみ育ってきました。その後、大人になり日展初入選や青年作陶 …

八木一夫

八木一夫氏は日本を代表する陶芸家の一人です。 1937年に京都市立美術工芸学校彫刻科を卒業し、その後陶芸に専念します。1947年に「青年作陶家集団」の趣意書を発表。その後1回展を行い、1948年に解散。その後 鈴木治等と …

舟越保武

舟越保武氏は、佐藤忠良と共に戦後日本を代表する彫刻家の一人です。 父が熱心なカトリック信者の家庭に生まれた舟越保武氏は県立盛岡中学校在学中に高村光太郎訳の「ロダンの言葉」に感銘を受けて彫刻家を志します。 1939年に東京 …

平良敏子

平良敏子さんは大正14年に大宜味村喜如嘉で生まれました。 第二次世界大戦が始まると「女子挺身隊」として岡山県に行き倉敷紡績の工場で飛行機組み立てに従事します。そしてこの時に倉敷でその後の運命を決める出会いがありました。倉 …

米原雲海

米原雲海 本名 木山幸太郎は島根県出身の彫刻家です。 はじめは神社仏閣などの宮大工として活動しますが、京都や奈良の仏像に感化され彫刻家を志します。その後、彫刻家になる為に上京し高村光雲に師事します。 高村光雲の下で米原雲 …

久保田一竹

久保田一竹氏は日本を代表する染色工芸家の一人です。辻ヶ花と呼ばれる15世紀後半~16世紀に失われてしまった染色・装飾技法の復刻への取り組みが世界的に評価されています。 東京神田の骨董品店の息子として生まれた一竹氏は関東大 …

エミール・ガレ

エミール・ガレはアールヌーヴォーを代表するフランスのガラス工芸家の一人です。ガラス工芸のほかに陶芸作家や家具デザイナー、アートディレクター等の一面もあります。 ガレは、文学や哲学、修辞学、音楽、植物学、鉱物学、生物学とい …

鹿児島寿蔵

鹿児島寿蔵氏は国の重要無形文化財(人間国宝)「紙塑人形」の保持者です。 「紙塑人形」とは人形つくりの材料として楮、フノリ等を原料とした粘土状の可塑物「紙塑」を材料にし人形を制作し彩色を施して作ります。 鹿児島寿蔵氏のつく …

川北 良造

川北良造 本名同じ。石川県山中温泉に生まれます。木工芸家の父・川北浩一に山中漆器の轆轤挽物(ろくろひきもの)技術を学び、後に氷見晃堂に師事します。 量感、型、縁造り、畳ずれにまで入念に気を配り、用に適った山中塗の挽物を制 …

黒木 国昭

日本人としての感性と西洋の素材である硝子との融合を歴史・文化・伝統・風土に求め「硝子で語る日本の美」を信念に制作しています。 代表作シリーズである、日本の美の真髄「琳派」、命の躍動「新世紀ロマン」、琴線に響く風景「浮き彫 …

湯呑み

金重陶陽

金重陶陽(本名金重勇)氏は岡山県出身の陶芸家です。 備前焼の陶工としては初めて人間国宝となった人物です。 備前焼は江戸時代の中期以降は有田焼や伊万里焼など他の焼き物に人気を奪われていましたが、金重陶陽氏の活躍により備前焼 …

裸婦

佐田澄(号:壽美)

佐田澄(号:壽美)さんは現代根付界を代表する作家さんの一人です。 佐田さんの作品は人魚や裸婦、猫、河童等を題材にした作品が多くあります。 そのどれもが表情豊で活き活きとしています。また、フォルムの滑らかな曲線はやさしくて …

中村道年

中村道年は、明治9年より、現在は五代まで続く陶芸作家です。 初代中村道年は京都に生まれます。清水六兵衛や真清水蔵六などに師事。代々続く京焼の製法を学びます。 後に、名古屋へ入り、現在の名古屋市昭和区南山町に、二代目が「八 …

鎌田 幸二

鎌田幸二は京焼の工芸作家です。 生まれ・育ちは京都で、高校卒業後に作陶を志し、清水正の指導を受けます。 23歳より天目の研究をはじめ、翌年には日本伝統工芸展に初入選します。 「鎌田天目」と呼ばれる独自の天目は、国内のみな …

羽田登喜男

羽田登喜男氏は昭和、平成を代表する染色家の一人です。 南野耕月に加賀友禅を曲子光峰に京友禅を学び、その後、京都で独立。日本伝統工芸展入選、京都祇園祭の蟷螂山の胴掛けを手掛ける等の活躍をした作家さんです。 1988年には国 …

草間 彌生

草間彌生は長野県生まれの芸術家。水玉や網模様を用いた作品が特徴の作品を多く残しています。絵画や立体作品だけでなく、詩や小説などの執筆活動やファンションデザインなど広い分野で活動を行っています。草間彌生の独特で大胆な表現は …

林正太郎

林正太郎といえば志野焼で数多くの名作を生み出した陶芸家です。 数多くの人間国宝の窯がある岐阜県東濃地方で、窯元の家に生まれました。 物心ついたときから窯を間近に、作陶する姿を見ています。 大学卒業後に郷土の土岐へ戻り、兄 …

高橋敬典

本名 高橋 高治(たかじ) 18歳より、家業である鋳造業を継承して以来、茶の湯釜の製作一筋に打ち込みます。 和銑による伝統技法を追求した上に、用に即するための様々な制約の中で独創性を加味。 釜肌、蓋、鐶付(かんつき)にも …

畠春斎

畠春斎は、富山県高岡市金屋町の金工釜師です。 現在は三代目が当代となり、初代・二代目は当代の祖父・父になります。 名工として知られた初代以来続く高岡鋳物・釜師畠春斎家に生まれ、父・二代目に師事。 初代より受け継いできた伝 …

大将の椅子

富永直樹

富永直樹、本命 富永良雄氏は長崎県出身の日本を代表する彫刻家の一人です。 平成2年には、長崎県の名誉県民として顕彰されています。 昭和11年、東京美術学校彫刻家在学中に文展(日展の前進)に頭像「F子の首」を出品、初入賞を …