『中国美術』の歴史や地域情報

もっとも古く【中国美術】の始まりといえる物は、「青銅器」が挙げらられます。
「青銅器」は、中国最初の王朝である殷にて、王が祭祀で使う甲骨文字が書かれた亀甲や獣骨ともに、祭器として製造されました。
この「青銅器」には、当時身近にいた動物や想像上の怪物が描かれており、貴重な歴史的資料であり、また美術品としてもとても価値の高い物です。

その後、秦や漢に王朝が変わったころには、死者の生活の為に制作されるようになったのが「兵馬俑」です。
この「兵馬俑」は名前の通り、兵士や馬をかたどり、これを王や高貴な人物の墓に一緒に埋葬していました。

そして、元や清などの王朝が開かれる頃には、中国に元から住んでいた漢民族が基本的な文化を担うようになり、その時代ごとの宗教や文学などに影響を受けながら、書画や陶磁器、絵画などで独自の美術を生み出しました。
またその頃に、エジプトやインド、ギリシャやローマなどの西方文化がシルクロードを経由して伝わり、後の中国美術の発展や形成に影響を与えました。

そして近代になると、欧米などによる半ば植民地化されるようになり、孫文が中華民国を成立させた頃には、上海や北京などに美術学校が設立されるようになり、西洋画や日本画を学んだ「学校派」といわれる画家が活躍するようになりました。